Nichiren Shoshu

Myoshinji Temple

平成22年(2010)2月度

御報恩御講原稿

「興師会に思う」

今月7日は第二祖日興上人の御正当会です。そこで、日蓮大聖人がなぜ日興上人を選ばれて御付嘱されたかを考察し、御報恩に代えたいと思います。

日興上人は1246年3月8日に出生されました。父の名を大井橘六(おおい・きつろく)といい、母の名は伝えられていませんが、河合入道の娘であったことが伝えられています。日興上人が4、5歳のころ、父・橘六が急逝し、母が再婚することになったため、日興上人は河合入道のもとに引き取られました。その後まもなく蒲原(現静岡県富士市)にあった四十九院に登られます。しかしこれは修学が目的であり、当時の日本に教育機関がなかったためのことでした。さらに日興上人は、仏法の法義を学ぶことを志され、岩本(現静岡県富士市)の実相寺で修学されます。この実相寺で、『立正安国論』を述作されるために一切経を閲覧に来られた日蓮大聖人と出会われたのです。

当時13歳であった日興上人は、日蓮大聖人が一国の不幸を取り除かれようと一心に経文を閲覧されている御姿に心打たれ、日蓮大聖人の弟子にしていただきたいと願い出られました。日蓮大聖人も日興上人の幼いながらも勝れた資質と固い意志を見抜かれ、伯耆房(後に白蓮阿闍梨)と名付けられて弟子となることを許されました。しかし、まだ日興上人が修得すべき課程の途中であったため、日蓮大聖人のご配慮により、しばらくは実相寺においてさらなる勉学に励まれたのでした。

1261年5月、日蓮大聖人が『立正安国論』捧呈によって伊豆伊東(現静岡県伊東市)に配流されたことを知った日興上人は、すぐさま荷物をまとめ、日蓮大聖人のもとへはせ参じます。それ以後、日蓮大聖人に常随給仕されながら、1271年9月の竜の口法難、10月の佐渡配流にお供をされています。このことは、日蓮大聖人が法華経の予証を実現されるさまを目の当たりにしたということであり、また佐渡にて認められた『観心本尊抄』や『開目抄』のご真意を、正しく知ることができ、日興上人は日蓮大聖人こそが末法の御本仏であるという御確信をますます深められていったのであります。

1274年5月、日蓮大聖人とともに身延へ入山された日興上人は、現在の山梨県や静岡県方面の弘教を展開されます。一族の大井氏や河合氏、幼少の頃修学された四十九院、岩本の実相寺、実相寺から東へ4キロほどの所にある竜泉寺等へ足を伸ばされ、多くの僧俗を教化されていきます。特に滝泉寺では、下野房、越後房、少輔房などが日興上人の教化によって日蓮大聖人に帰伏して弟子となり、さらに滝泉寺があった熱原一帯にいた多くの農民が日蓮大聖人に帰依していきました。この結果起こったのが、熱原法難です。

この法難の際、日興上人から事件全容の報告が届くや、日蓮大聖人は、『聖人等御返事』に

彼等御勘気を蒙るの時、南無妙法蓮華経と唱へ奉ると云云。偏に只事に非ず。定めて平金吾の身に十羅刹の入り易(か)はりて法華経の行者を試みたまふか。例せば雪山童子・尸毘王等の如し。将又悪鬼其の身に入る者か (御書1405)

と認め、日興上人の教化を受けた法華講衆の結束と、死身弘法の信仰に対し、機運を感じられました。さらに『聖人御難事』に、

仏は四十余年、天台大師は三十余年、伝教大師は二十余年に、出世の本懐を遂げ給ふ。其の中の大難申す計りなし。先々に申すがごとし。余は二十七年なり。其の間の大難は各々かつしろしめせり (御書1396)

と、御出世の本懐を遂げられる時期が来たことを述べられ、弘安2(1279)年10月12日、御出世の本懐である本門戒壇の大御本尊を御建立されました。

そして、熱原法難の三年後、日蓮大聖人は1282年9月の『日蓮一期弘法付囑書』に、

日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す、本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。就中我が門弟等此の状を守るべきなり。
弘安五年壬午 九月 日
日蓮花押        
血脈の次第 日蓮日興           
(御書1675)

と仏法の一切を付嘱されて日興上人を本門弘通の大導師と定められます。さらに同年10月13日には『身延山付囑書』には、

釈尊五十年の説法、白蓮阿闍梨日興に相承す。身延山久遠寺の別当たるべきなり。背く在家出家共の輩は非法の衆たるべきなり。 弘安五年壬午 十月十三日                                     
武州 池上  
日蓮花押
(御書1675)

と、日興上人を身延山久遠寺の別当職と定められ、安祥として御遷化遊ばされました。

これらは、日興上人が日蓮大聖人を末法の御本仏と正しく拝しておられたからこそ、日蓮大聖人も日興上人を選ばれて、唯授一人の御付嘱をなされたのであります。

日蓮大聖人が末法の御本仏であり、そのご出世の本懐として、また末法の一切衆生の成仏のために認められたのが本門戒壇の大御本尊であります。そして、その大法を正しく受け継いだ日興上人は、第三祖日目上人に一切を付属され、さらに代々の御歴代上人が一器の水を一器に移すが如く受け継いでこられたのであります。

日蓮大聖人と師弟不二のご境界であった日興上人がいらしたからこそ、今に正しく日蓮大聖人の正法が伝えられているのであります。

 

昨年7月26日に行われた7万5千人大結集総会の砌、御法主上人猊下より

  1. 2015年・二祖日興上人御生誕七百七十年の佳節までに、すべての法華講支部が現在の講員数を五十%増加すること。
  2. 2021年・宗祖日蓮大聖人御聖誕八百年の佳節までに、法華講員八十万人の体勢を築くこと。

という新たな御命題が示されました。この御命題を信心で拝するならば、日蓮大聖人、日興上人の御鴻恩にお応えするには、折伏以外にないということだと存じます。また、この御命題を受けて、

  1. 異体同心で広布へ前進
  2. 2015年・日興上人御生誕770年へ向けて各国50%増の折伏実践
  3. 勤行唱題の実践と人材の育成

という本年度の海外信徒実践目標が示されました。この目標を各国御信徒がもれなく実践され、私たちが行う折伏こそ、世界平和への唯一の道であるという強い確信と使命感を持ち、それぞれの立場で折伏を行じていかれることを御祈念申し上げ、今月の御法話とさせていただきます。