Nichiren Shoshu

Myoshinji Temple

平成22年6月御講原稿

「誓願を持った信心修行」

「意志あるところに道はある」とは、アメリカ合衆国第16代大統領のリンカーンによる有名な言葉です。また、中国の後漢(西暦25~220)の初代皇帝・光武帝の言葉にも同様に「志ある者は事竟(つい)に成る」とあり、これらの格言はともに、何事も、やり遂げようという志をしっかり持つことにより、最後には必ず事が成就することを教えています。

仏道修行の第一歩も、この志を立てることから始まります。その志とは、初めに自身の悟り(菩提)を求めようと発心すること(発菩提心)であり、さらに仏道を成就していくための誓願を立てることにあります。

もちろん、ただ志を立てるだけで事は成就できるものではありません。発心し、あるいは誓願することで、そこに具体的な目標が定まり、その目標を達成するため日夜弛まぬ努力と精進を重ねていくことにより、はじめて自らが立てた志を具現化し、ついに仏道を成就することができるのです。

ですから、どのような困難に遭遇しようと、また、いかなる障害が立ちはだかろうとも、最初の発心、そして自ら立てた誓願を忘れたり捨てたりすることなく、最後までやり遂げていく強い意志と実行力が何より不可欠となります。

宗祖日蓮大聖人は『白米一俵御書』のなかで、

凡夫は志ざしと申す文字を心へて仏になり候なり。 (御書1544)

と仰せです。そして同抄に、

財あるも財なきも命と申す財にすぎて候財は候はず。さればいにしへの聖人賢人と申すは、命を仏にまいらせて仏にはなり候なり。 (御書1544)

とお示しになっています。私たちの大切な人生の中で、この貴重な時間をいかに信心修行に充てていけるか。それも、いかなる誓願に基づいて信心修行に励んでいけるかが、最も重視されるところとなります。

 そこで今月は、「誓願を持った信心修行」とのテーマに基づき、主に化他行の大事について述べてまいります。

 

1、誓願とは  誓願とは、仏菩薩が衆生を救済していくことの誓いを立て、その誓いが成就できるよう願うことであり、これには「総の誓願」と「別の誓願」が明かされています。仏が立てる「別の誓願」として、薬師如来の十二願、阿弥陀仏の四十八願、釈迦如来の五百大願などが有名であり、一方、一切の仏菩薩が必ず立てるべき「総の誓願」として、四弘誓願が説かれています。

この四弘誓願は、主に菩薩が初発心の時に発(おこ)す「衆生無辺誓願度」「煩悩無数誓願断」「法門無尽誓願知」「仏道無上誓願成」という四種の誓願をいい、菩薩の総願ともいいます。それぞれの説明は、次のようになります。

衆生無辺誓願度…生死の苦海に沈んでいる一切衆生を救済しようと誓う
          こと。
  煩悩無数誓願断…一切の煩悩を断じ尽くそうと誓うこと。
  法門無尽誓願知…仏の教えをすべて学び知ろうと誓うこと。
  仏道無上誓願成…仏道を行じて無上の悟りを証得しようと誓うこと。

 

一切の菩薩は、この四弘誓願をもって上求菩提・下化衆生の志を立てて、仏道を成じていくための精進を重ねていくのです。

2、最も大事な誓願
 四弘誓願について日蓮大聖人は、

菩薩と申すは必ず四弘誓願ををこす。第一衆生無辺誓願度の願成就せずば、第四の無上菩提誓願証の願は成ずべからず。 (御書706)

と、四つの誓願の中でも「衆生無辺誓願度」が最も重要である事をお示しです。

 そもそも菩薩とは、自分のみならず他の一切の人々、一切の衆生を救っていきたいという大きな慈悲心を常に抱いている境界です。その誓願を果たそうと、可能な限りの努力を積み、実践を重ねていくのがこの菩薩の修行なのです。このように、誓願と修行が共に具わってこそ菩薩の境界といえるのです。

 仏法では今の時代を末法と呼びますが、末法の世にあって苦悩する一切衆生を救済するため、釈尊の勧めに応じて真実の教えである法華経を弘めることを誓願した地涌の菩薩の存在が説かれています。この地涌の菩薩こそ、末法における「衆生無辺誓願度」の誓願に立ち、法華経の肝要である文底下種の南無妙法蓮華経を弘める使命を帯びているのです。

 3、地涌の菩薩の使命
 日蓮大聖人は『諸法実相抄』にて、

地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし。(御書666)

 と、日蓮大聖人御自身が地涌の菩薩の上首・上行菩薩の再誕であることを明言されています。さらに続けて、

 豈日蓮が弟子檀那地涌の流類に非ずや。(御書666)

と、日蓮大聖人の教えのままに信行に励む本宗僧俗もまた地涌の菩薩の眷属であることをお認(みと)め下さっています。したがって、私たち本宗僧俗もまた地涌の菩薩の眷属としての自覚に立ち、日蓮大聖人の教えのままに、法華弘通の誓願を発こしていくことが何より重要と拝します。

 『御講聞書』に、   所詮四弘誓願の中には衆生無辺誓願度肝要なり。今日蓮等の類は南無妙法蓮華経を以て衆生を度する、是より外には所詮無きなり(中略)四弘の弘とは何物ぞ。所謂上行所伝の南無妙法蓮華経是なり。(御書1862)

等とあり、また

大願とは法華弘通なり (御書1749)

 と仰せのように、日蓮大聖人の大誓願を我が誓願として捉え、三大秘法の南無妙法蓮華経を人々に持たせるべく化他折伏の行に精進するところに、私たち自身の仏道をも成就し、真実の幸せが築かれていくことを教えられているものと拝します。

 したがって、私たち法華講衆にとって衆生無辺誓願度とは、日蓮正宗の正しい信心を知らぬまま、苦悩する生活に沈んでいる周りの人達をすべて成仏に導こうと誓願することにあり、そのためにも地涌の菩薩の眷属たる自覚に立ち、自らが妙法の題目を真剣に唱え、更に広宣流布を願って折伏行に邁進していくところに、四弘誓願の実践が存することを銘記して参りたいものです。

4、新たなる御命題への誓願
 御法主日如上人猊下は、昨年に挙行された七万五千名大結集総会及び海外信徒二万名大結集が、法華講による七年間に亘る広布への戦いの成果を御照覧いただく大事な儀式であると同時に、新たな目標に向かっての大出陣式でもある旨を御指南されました。その上で海外信徒に対し、

 その新たなる目標とは、現在のメンバーの増加を図ることが、その主眼であります。つまり折伏をもって大法広布に資することであります。なぜならば、折伏なくしては広宣流布は達成できないからであります。よって、本日お集まりの皆様には、まず一人ひとりが折伏の目標を立て、直ちに実践に移していただきたいと思います。 (大日蓮767号)

 と、海外における布教の更なる進展に大きな期待を寄せられました。また、私たち法華講の使命について、

大聖人の御金言のままに、純真に自行化他の信心に励み、もって世のため人のため、一切衆生救済の大誓願に立って、御本仏の御遺命たる一天四海本因妙広宣流布達成に我が身を尽くしていくことにほかなりません。 (大日蓮732号)

と御指南賜るところです。

我ら本宗僧俗は今、御法主日如上人猊下より新たに頂戴した平成27年並びに平成33年の御命題に向かい、挙宗一致して大前進している最中にあります。

御本仏日蓮大聖人の、

所詮誓願と云ふは題目弘通の誓願なり。釈に云はく「彼が為に悪を除くは即ち是彼が親なり」とは是なり云云。(御書1862)

との仰せこそ、地涌の菩薩による広布実現への大号令と拝し、まずは平成27年の第二祖日興上人御生誕770年の佳節までに、現体勢の50%増を実現できるよう、一人ひとりが折伏弘教の誓願に立たれて、一層の信心修行に御精進されますよう念願いたします。