皆様には2012年「実行前進の年」を、すこやかにお迎えのことと存じます。
本年は、
という活動方針のもと、本年度の折伏誓願目標完遂に向けて、決意も新たにされていることと拝察いたします。
毎年の年間方針は、信心の基本的な事項を示されていますが、信仰の喜びを深く感じるには、基本を積み重ねる以外にありません。そして、一人ひとりが信仰に基づく歓喜溢れる日々を過ごすことが、正法を行じていることの何よりの実証なのであります。
さて、昨年三月、日本では大きな地震と津波で、多くの方々が犠牲になり、また、たくさんの方々が被害を受けられました。それはちょうど『立正安国論』の
近年より近日に至るまで、天変・地夭・飢饉・疫癘遍く天下に満ち、広く地上に迸る。牛馬巷に斃れ、骸骨路に充てり。死を招くの輩既に大半に超え、之を悲しまざるの族敢へて一人も無し。(御書234頁)
という御文を彷彿とさせる出来事でした。
最高の先進技術を誇る日本において、地震が起こるメカニズムが解明され、地震の予知や防災の意識がいかに高まろうとも、被害に遭う人は絶えません。科学で解明できるのは、起こってきた事象の因果関係だけであり、個々の不幸の根源を解明することはできないのです。それに対して日蓮大聖人は、
倩微管を傾け聊経文を披きたるに、世皆正に背き人悉く悪に帰す。故に善神国を捨てゝ
相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来たり鬼来たり、災起こり難起こる。言は
ずんばあるべからず。恐れずんばあるべからず(御書234頁)
と仰せになり、あらゆる災難が、間違った教えによって起こるということを明かされています。この御文にある「正」とはもちろん正法でありますが、この「正」の正たる由縁は、道理にかなうということであります。
法華経で明かすところは、三世に渡る因果であり、因果倶時という真理です。悪とはこの道理に反する行いをすることであり、謗法とは法華経に背くこと、すなわち真理に反した行いをすることに他なりません。真理に反することにより、歪みが生じ、その歪みがあらゆる災害や不幸を生み出しているのです。
近年、地球の温暖化が、自然破壊によってもたらされたものであることが取りざたされ、保護と回復のための働きかけが強く提唱されています。しかし、
日蓮大聖人が『一生成仏抄』に
衆生の心けがるれば土もけがれ、心清ければ土も清しとて、浄土と云ひ穢土と云ふも
土に二つの隔てなし。只我等が心の善悪によると見えたり (御書46頁)
と仰せのように、自然破壊をもたらした、人々の心の濁りを改めない限り、真の解決にはならないのです。すなわち、謗法が蔓延する限り、災害も、人々の不幸も絶えないということになります。御法主上人猊下は、
国土世間が安穏であることは、我々の幸せにとって極めて大事なことであります。そのためには、謗法を退治しなければならないのであります。(大日蓮786号69頁)
と仰せであります。私たちが行う折伏によって、この不幸の根源である謗法を退治することができ、そしてまた、折伏を通して、過去遠々劫より積んできている、自らの謗法罪障をも消滅していけるのであります。
『立正安国論』の結びに
弥貴公の慈誨を仰ぎ、益愚客の癡心を開き、速やかに対治を廻らして早く泰平を致し、先づ生前を安んじ更に没後を扶けん。唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ (御書250頁)
と御教示のように、正法を行じるということは、「唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ」ということであります。
御授戒を受けても、朝夕の勤行も行わず、まして折伏など全く意識していないというのでは、信心をしているとはいえません。また、正法を行じる本当の喜びを感じることなく、空しく一生を終えてしまうことになります。
人は、その使命を自覚し、その使命を全うする時、充実した日々と人生の喜びを感じるものです。そして、私達日蓮正宗の僧俗にとって、折伏は一番大事な使命なのであります。
御法主上人猊下は、昨年三月の講頭会の砌、
我々は、この社会を守る、世界を守る、世界の安穏を祈っていく、それは折伏によって安穏を祈れるのですから、手を抜かないで、本年は全ての支部が必ず、どのような理由があろうと絶対に誓願を達成して頂きたい (大日蓮783号55頁)
と仰せになられ、私たち一人ひとりの折伏が、ひいては世界の安穏を築いていくための、重要な行動であることをお示しです。一人ひとりが、御法主上人猊下御指南のもと、三つの活動方針を実行して、あらゆる面で大前進して頂きたいと思います。
皆様のご健勝と、ますますのご活躍を心からお祈りし、今月の御法話とさせていただきます。